パーフェクトではない自分こそがベスト

「セラピーの技術の宝箱♪」

 

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ブログ読みました

 

私自身のことを思い返しながら読みました

 

先生に質問をしたことで「それはダメ」「それはやめよう」「それはこうすればいい」など、ものすごくハッキリと答えをもらえたことが幾つもあり

当たり前のことですが、セラピストは友達を励ますレベルの相談ではないことを思い知りました

 

厳しい言葉を言ってくださったことも多々あり

疑問に思いながらも思い付きのようなことを言ってギリギリセーフで助かっていただけで

一歩間違えばとんでもないことになっていたかもしれなかったことも知り

ではどうすればよかったかも具体的に答えをくださり・・・

 

落ち込むこともありましたが、襟を正して前に進むことができて、今となっては宝箱に

技術が少しは増えたかもしれないと思いました

 

「自信がないと言っては何度も何度も質問をしていたからすごく伸びたね!!自信が無いっていいことだね〜」

と言ってくださったとき

自信のないそのままの自分でよかったと思えて涙が出たことを覚えています

 

 

職場でも家庭でも「できない自分」でいたくなかったので、わからないことを咄嗟に誤魔化す癖がついていましたし

小手先で適当にその場しのぎをすることもありました

 

そのわりに、人が成長するたびに、取り残された気になり

でも口では偉そうな講釈をたれていて、ほんとうにみっともない私でしたが

 

七瀬先生のわっかセラピーを是非とも自分のものにしたいという思いだけはいっちょまえにあり

七瀬先生ようなセラピーがしたいとずっと思い続けていて、やっぱりわっかセラピーに全てが含まれていると悟り(笑)

自分の個性が大事だから、七瀬先生みたいにと思わないほうがいいのかなとまで質問をしましたよね(笑)

 

先生の前では「できない自分」でいようと思いましたし、できない自分でいれるようになりました

それは先生ができない自分を受け入れてくれたからですし

なにより、先生はできる人を求めていたわけではないことを感じたからです

ちょっとでもわからないことがあると、確かめる癖が新たにできました

 

だからなのか、先生と話をするたびに日常生活の自分も変わってきました

 

「私もいつも新米の受講生で先生に学んできた」ときいて、驚きながらもこれでいいんだと思えました

 

わっかセラピーに食いついて学んでいくと、必然的にインナーチャイルドのエネルギーも学ぶわけで

インナーについて何度も質問をして、インナーを学ぶときの先生の厳しさも知りました

 

なまはんかな気持ちだったことで頭を打ったことや

インナーが生きているとはどういうことかを思い知った出来事や

セラピーを学ぶことで、自分の実生活にも次第に変化したことなども全てが宝物でした

 

自分に必要な出来事しか起きないことがよくわかりました

 

それと、自分が学びで使ったお金は必ず還元されることを待つだけではなくて

自分でその分を取り返す努力をしたことも、地に足をつける訓練になりました

 

お金や時間やいろんなことを理由にセラピーやフォローアップを受けないのは別にセラピーだけのことではなく

日常生活でもいろんなことを言い訳にしては、自分のいたらなさに向き合うことをしなかったのですが

ある時のインナーチャイルドセラピーを機に、自分のいたらなさってある種の導きなのだとわかり

すごく楽になりましたし

この度のブログを読んでもまた、パーフェクトではない自分こそがベストだと思いました

 

 

セラピーは古くなることがないから、受ければ受けるほど新しい知識と技術を得ることができる

 

そう言われていたことが今はすごく実感ができています

 

まだまだ頼りなくてわからないところもいっぱいありますが

その探求心はあなたを素敵に輝かせてるよねと言われたことを調子よく信じて

これからも、あれでよかったのかな?と思えることを消さないでいきたいと思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知っていると知らないの差はとてもとても大きいと思います

 

『災害時などの子どもの心と大人の心』

https://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4983.html

 

 

 

七瀬先生、ありがとうございます♡...*゜


私がアレコレ書くよりも、七瀬先生のブログを読んでもらうことで、心に届くものがきっとあると思いました。

姉と兄にもLINEでシェアしました。

zoomでのおしゃべり会というものがあった時には、直接ブログを声に出して読んでお伝えしました。

『今知れて良かった』と言ってもらいました。


知っている
このことが、自分と相手の心を守ることになるとか、そこまで深く思うとかじゃなくても、
知っていると知らないの差は、とてもとても大きいと思います。

今じゃなくても、何かの時に、あ、そういえば……って思い出すキッカケになったらいいなぁって思いました(*˘︶˘*).。.:*♡ 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

誰かの心をサポートする一員になれたような

 

『災害時などの子どもの心と大人の心』

https://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4983.html

 

 

私たちには子どもはいませんが、主人になにげに話をしてみたところ

主人がこのような心理に興味があったことを初めて知り驚きました

どちらかと言えばそっぽをむくような人だと思っていたので・・

 

その後、むしろ主人のほうが、偉そうに義姉に話したり(笑)

職場関係の人に話しているのを耳にします

 

 

その主人ですが、先生の記事を読んで、主人こそこの記事に書いていある子どもに

似ている言動をしていたことを思い出しました

大の大人なのであまり認めたくはありませんが(笑)でも確かに、この半月ほども

普段より乱暴というか、普段の彼ではないような、不謹慎な言動が目立っていました

 

少し腹立たしく、こちらがストレスに感じていたのですが

先生の記事を伝えたところ、自分にあてはめたのかどうかは知りませんが

随分と落ち着いてきましたし

先ほども書いたように、いろいろと張り切って、人に伝えています

 

子どもの心のお話だったのに、まさか主人の心を知ることになるとは

思いもよりませんでした

 

 

義姉からは、できればプリントアウトして友達に渡したいとのことで

先生のブログを伝えました

私も誰かの心をサポートする一員になれたような嬉しい気持ちです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:癒し・ヒーリング

 

 

 

笑って聞き流せる人が1人でも増えるように

 

『災害時などの子どもの心と大人の心』

https://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4983.html

 

 

昨日息子が、自分のイライラ爆発を『パンデミックだったから』と表現していました。

すぐに「パンデミックかぁ、なるほどね〜」と笑って聞き流せましたが、
七瀬先生のブログを読んでいなければ、ちょっと不愉快な気持ちになって、そういう言葉を言わないように!とか止めていたかもしれないなぁって思いました。


私のように、そっかそっかって笑って聞き流せる人が1人でも増えるように、書き終えたらしっかりと公開します(*˘˘*)

 

許可、ありがとうございます(*˘︶˘*).。.:*♡ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たったの一日で小さなことを幾つも実行しました

 

志村けんさんの訃報・・驚きでした

同時に、先生が書かれていた事
「思いが一つにまとまってきた」
「これからやっと一つの方向性で力をあわせていけそう」

まさかこんなことで、人々の気持ちがまとまってくるのかと思ったとき
この言葉を思い出さずにいられませんでした

 

それに、先生の本音の言葉も、少し驚いていました
「首都東京」という特定は、先生はあまりしないので・・・

ところが志村さんの訃報で、この言葉と同じ思いを、私も思っていたのです

 

いろいろなことが一致していることを私も目の当たりにしましたが
だからこそ、自分自身の甘さに、今一度気持ちを引き締め
乗り越えていくための具体的な行動を、今日から増やしてみました
たったの一日で小さなことを幾つも実行しました

みんなが一つできれば大きな力だと信じて実行していきたいと思います

 

 

 

鳥肌が立つ以上の凄い感覚になりました!

 

 

「心の奥と繋がっている世界」を、深夜に読んでいました

https://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4948.html

 

今日、お昼頃、アメリカでコロナウイルスワクチンの臨床試験が始まった発表があったとニュースで見て

鳥肌が立つ以上の凄い感覚になりました!

 

ブログでは「今、試していることがあるのかな」とか、今試し始めたような意味の言葉が書いてあったことを思い出して

鳥肌と言うよりも、あの感覚は滅多にない、震えるような気持ちと、本当に仰天でした

 

心のことと、スピリチュアルな事や天使や不思議なこともたくさん書いてあるし

でも七瀬さんは、どんなに現実とかけ離れた話でも

ふわふわ宙に浮いていなく、うすっぺらくなくて、常に地に足がついた言葉だといつも思っています

偉そうにすみませんm(__)m

 

今日の記事も、私には見当もつかない内容でしたが、こんなふうに、実際、世間の流れと繋がったことを目の当たりにしてしまい

益々、地に足の着いた言葉だったことに驚いています

 

私のような素人?の考えがあってるかどうかはわからないのですが

それでも思い切っていうと、心の奥が見えない世界に繋がっているなら

私たちそれぞれがその見えない世界のことを本当は知っているの?と

 

相手の心が見えるとかそんなレベルのことではなくて、日本のことも地球のこともです。

七瀬さんがよく言われる、偉い人が見えてそうでない人は見えないということではないことも

読んでいるうちに頭ではなく、心で?感じてきました

 

とにかく今日は、びっくり仰天だったので、それが伝えたくてメールをしました!

 

 

 

 

 

 

 

 

読みながらにして自分の心をみつめてしまうような

http://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4351.html

 

「生きる仕組みの力」

 

早速ですが「生きる仕組みの力」を読みました

 

ここに書いてあることを、私が落ち込んでいるときにもしも誰かに言われたら

ぺらんぺらんの薄っぺらに聞こえてしまうだろうと思いましたし

現にそういうことを言う人や、そういう歌もあったかもしれません

 

随分前に、先生のブログのウケウリをして人の気を引いている人がいるという

外部のひとからの告発(笑)があって、そのことに先生が言及された記事を思い出しました

その告発した人は最初はありがたく励ましの言葉を聞いていたけど

そのうち、その言葉が薄っぺらいと感じ始めて。。。という流れで、最終的には

こころのたよりの抜粋だという決定打があり、だから薄っぺらだったのかとわかったというお話でした

 

「生きる仕組みの力」に書いていあることは、落ち込んだ人に「美味しいものを食べて感激したことを思い出そうよ!」

そして小さくても幸せを感じよう、感謝をしよう!という前向きな励ましだと思って

それを人に言ってしまうと、超薄っぺらのウケウリになるのだろうなと思いました

この記事の根底にあるものは、そこじゃないんだなとすごく感じました

 

うまく言えませんが、読む私が、読みながらにして自分の心をみつめてしまうような

それから、読みながらにして今まで見たことのないところが見えてくるような

そういう世界が、私にとってのこころのたよりです

 

私がもし人に伝えたいと思ったら

七瀬先生の記事をそのまま伝えると思いますし現にそうしています

それを繰り返していたら、自分の心がほんわかと膨らんでくという経験をしています(*^▽^*)

 

それから前に先生が言われたように

「その結果自分が感じたこと」「自分が経験したこと」を人に伝える・・・のだと思います

 

七瀬先生がそうだから、薄っぺらではなく伝わってくる。

 

私も普通の生活の中に私を支える力があって

備わっているのだとしたら、気が付かないままなどもったいなすぎます!

これからは自分でもっと感じていきたいと思います

 

 

自分の中にある力ってすごいんだって思います

「正しさの主張」

 

http://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4348.html

 

正しさの主張読みました。
まさに、豚汁作り(比喩)の時の私がそこにいました。
 

昨日ランチをしていて、どうやら私に戻ってきてほしいという動きがあるらしい話を聞きました。
相変わらずの職場の話を聞きながら、私、かなり自分に酷いことしてきたなぁって思いました。


あんなにも毎日イライラしたり、人を否定したり、比較したり……なんで出来ないの?なんでちゃんとやらないの?なんで?と責めてばかりの毎日。自分にも周りにも酷いことしてきたと思います。

完璧じゃない自分も、完璧じゃない人も許せる……そうかもしれません。

良い意味で“まぁいっか”と言える私が今はいます(*^^*)
私も同一人物とは思えません(笑)

でも、やっぱり時折ひょっこりはんのように顔を出す時はありますが(笑)、あ今出てる!って自分で気付けるので、その時は“まぁいっか”を出動させたり、不思議と周りが私を“まぁいっか”に運んでくれるんです(*^^*)

戻ってきてほしい話を聞いた時は、正直『ざまぁみろ』みたいな気持ちにもなりました。でも、それって当然!?って思ったりもします。
これ以上頑張れないを超えて頑張っていた自覚がありますから(^_^; )

自分の中にある力ってすごいんだって思います。
そして、その力をその人以上に信じて、寄り添い、引き出すことの出来る七瀬先生がすごいんだ!!って、改めて思います。

彼が言ってくれた『のんびりやっていくんじゃだめかな』のひと言ですが、うまく言えないけど、なんか、すごいですよね。
思いがけず大きかった彼からのメッセージですが、自覚がなかったけど、何か焦っている自分がいたんだと思います。

豚汁作りからも別人ですが(笑)、LINE消えた事件前後の私ともだいぶ変わったかな…なんて思っています(*˘˘*)


気付いたことの報告や単なる近況報告でも、七瀬先生にメールしようとしている時点でやっぱり何か動いている気がします(*^^*)


七瀬先生、ありがとうございます(*˘︶˘*).。.:*♡ 

自分のために動けたことが嬉しいです

http://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4333.html

「すごく困ってなんとかしたいとき」

 

ブログ読みました。

思えば5年前、私も先生から「機能的」とか「医学的」とか「病院」というキーワードは出ていて

職業柄七瀬先生は、ぼんやりとしか言えない、確定してはいけない、曖昧な表現しかできないことを

私の仕事上でも、多分人一倍理解できていました。

でも本気で動き出すまでに2年ほどかかりました。

cocoroneの体験談で、すぐに病院に行って通院された方のお話や、連動していたブログを読んで

ハッとしたのです。

 

受けたセラピーのおさらいや、要点をもう一度教えていただくことを繰り返して

それから個人的なアラインを(衝撃的でした!ちょっとした手術です、笑)受けて

医学的ではない面をきっちりと取り組み

漢方を処方される病院に出会いました。一時的に薬を飲み、あとは医学的なカウンセリングと

漢方で、ここ1年で通院しなくてもよいレベルまで落ち着きました。本当に嬉しいです

 

医学とセラピーの両刀だったと思います!

 

姉も、先生のセラピーのその後、通院と併せて漢方などで、朝普通に目覚めることができ

生まれかわったようだと言ってました

 

それにしても不思議なのは、その後セラピーの流れと一致してくるところです。

結局「七瀬先生からの指導」というものではなく

私の心と身体が求めていることだったのですね。

私は私が求めていることができなかった、だけだったと反省しています

 

症状かもしれないと思えば、まずは調べることから始まり、知ろうとします。

その後、なんとかならないものかと改善するための方法を、ダメ元でも調べます

「本当に本当に困っているならば」ですね

 

七瀬先生の立場の人はあらゆる疾患を把握していなければならないことはなく

むしろ七瀬先生ほど把握されているセラピストさんもめずらしいと思いますが

逆にいうと、当事者の私が自分の症状のことをあまり追及していなかったことのほうが

今となれば恥ずかしいです。

どなたかも書かれていましたが「自分に興味を持つ」「自分を知る」ことの基本的なことですね。

次に、見えない世界のことですよね。

 

(七瀬お返事後)

 

なるほど!反省というより、ヒーリング!

そうえいばこの反省をしたとき、前の職場の同僚から連絡があって

嬉しいことがあったので、ヒーリングと一致します!

動き出すまでは時間がかかりましたが

人の所為にせず、自分のために動けたことが嬉しいです

 

 

 

 

 

 

 

きっと私は大丈夫だと思えることがとても嬉しい

http://coconana88.blog.fc2.com/blog-entry-4341.html

「虐待を受けている子どもと母親について」

 

 

 

七瀬先生、こんばんは.。.:*☆


こころのたよりを読んで、DV被害者だった自分を思い出しました
今だから“DV被害者”と言えますが、以前はセラピーを受けてもまだ、自分がされてきたことは本当にDVなのか?と疑っていました。
DVと言える程ひどいことなのかな……とか(^_^; )


この前、ずーっとやろうと思って長年出来なかったことを、やっとやりました。
写真や動画のデータの整理です。
現像した写真は、元旦那が写っているものは全て置いてきたし、捨てたりもしました。でも、データはなかなか整理出来ずにいました

一つ一つ確認して、久しぶりに見る元旦那を見つけては『うわ』って声が出たり(¯―¯٥)
そして、ざわざわしながらも速攻消去(笑)

何年もかかったけど、やっと一つ一つ整理出来るようになったんだな……って思います。

私が私を動かしたし、新しく始まった彼との恋も、私を動かしていると思います。


きっとまだま支配されていたり、囚われているものがあるのかもしれませんが、それでも、きっと私は大丈夫だと思えることがとても嬉しいです。


七瀬先生、ありがとうございます(*˘︶˘*).。.:*♡ 

 

 

 

 

私今、私を生きています♪

 

七瀬先生

 

ブログ「人のせいという守護」を読みました

 

約3年前の自分をゆっくりと振り返りました

私が直視できなかったことは、症状を受け入れることでした。

 

先生からは何度も何度も「症状」「機能的な」というヒントが出ていたのに

私はそれさえも、両親のせいで済ませていました。

 

確かに両親のせいだけれどそう思って生き続けるほうが楽だと知りました

社会のせいにすることも楽です。例えその人たちが本当にダメだとしてもです。

私が一番嫌いだった「悲劇のヒロイン」は私でした。

 

私が嫌いな悲劇のヒロインは見るからに、弱くてすぐに泣いては悲しみを人に訴えるタイプで

私とは正反対のようでしたが結局同じ。

誰も私のことはわかってくれないと思うこともありましたから。

あれ?もしかして、私が嫌いだった悲劇のヒロインのほうが、生き方としては良いのかな?

 

いよいよ、自分の症状(病気)のことを知らべ、学び

自分にあう病院を探し、食事や服用するもので何がよいかを調べ実践し


同じ症状で苦しむ人たちのことを知り、更に症状を詳しく知り

一つ一つ進んでいくだけでしたが、気が付いたら、同じ病気の人たちの心を

サポートできるようになっていました

 

手探りで、試行錯誤で一歩一歩動いただけなので、特別なことをしたつもりはないですが

改めて振り返ると、自分のためにすごく動いた日々とタイトルがつけられます

 

多分ですが。私と同じ病気の人は、私のこのような経験を聞いただけで

少し腹立たしく思ったり、自分と私の違いをみつけては

「あなたはどうせ〇〇だからできるけど私は〇〇だからできないのよ」

と意固地になります。それを何年も何年も続ける。それこそがかつての私、それこそが症状。

 

生きづらくしんどく孤独で未来の希望さえもないという状態が気が付いたら10年以上も続いている。

誰のせいでもない自分が守ってきたことは

「それはやっぱり健全な状態ではない」ということ。

 

時には、見えない世界の不思議な存在のせいにしては、それでほっとしたり。ある時cocorone.botで

「あなたは人間ですよ、それ以外に何か必要ですか?」という言葉を見てハッとしました。


次第に健全ではなかった自分のことが、薄皮をはぐように見えてきました。頭でわかっていただけでした。


嫌な人に対して心底腹立たしい思いをしては爆発することも

相手がどれほど間違っているかではなく、そのような自分の状態を

まるで診察するかのような視点で見れました。

私は心とか脳が同じところで固定しているのではないかと思いました

 

そういう日々の中で「先生が言われていた、自分に興味を持つってこれか!」と

心の底から納得しました

 

今までもそうしてきたつもりでした。

セラピーを受けるとか、ブログに書いてあることを実践してみるとか

そんなことはまだ私に取っては初級でした。

 

病院のことや自分が調べたことや、半信半疑で取り入れていることを、わっかセラピーや

こころのたよりなどで相談することが増えたとき

「とても輝いているね」と、先生からの思わぬ言葉!驚きました。しばらく理解ができませんでした

 

「行きたいところがあって、そのために、調べて、お金をどうするか考えてと

いろいろと苦悩もしながら前進しているエネルギーと同じ♪」

と言われ、本当に意外でした。

 

え?自分の病気のことなのに?私は健全ではないのに?

 

「あなた、今、あなたを生きているように、私は思う

でも、これも私が思う事。あなたが思わなければそれでいい」

 

そんなふうになかなか思えませんでした。これから書くことは

私と同じ症状の人が聞くと、ちょっと嫌な感情が湧いてくる言葉かもしれません。

つまりはかつての私は、人がこんなふうに言うのが、じんましんが出そうでしたけど(≧▽≦)

 

先生、私今、私を生きています♪

 

こういうことかと、やっとわかりました

 

 

 

やっと私の中でつじつまがあいました

 

「動物の命と進化と前世と」を読みました

 

思えば3年前、先生が書かれていた動物の話を見て私と同じような感覚の方にやっと出会った感でいっぱいだったことを

今でも思い出します。動物の命について、私は人とちょっと違うのかな?と思っていたので

先生が時々書かれている「循環」というサイクルや、四大エレメント的な考え方にとても共感を覚え嬉しくなりました

「動物の身になって考える」ことなんて全て「人間を基準に考えているにすぎない」けれど、決してそれが悪くはなく

、さも動物の身になって考えているつもりだったってことに気が付くかどうかという考え。

動物が肉になる工程の仕事をしているだけにわかります。

先生もご存知のように、両親は漁師です。

10年前から始めた、例の海の風をあびながら、海の音を聞きながら食べる海鮮の食堂がとても流行っています。

時には、船でのイベントもやっていました。生活のためというよりも新鮮な魚を食べて喜んでもらいたい一心でした。

私が見ていると、お客さんも喜ばれていますが、なにより父が喜びを感じている様子に、私も嬉しく思っています

何年も前に話題になったある映画。タイトルは忘れましたが、ドキュメント映画でした。

海中の魚たちの様子が、美しい映像と共に映し出されていましたが、その映画のラストは

「人間の欲のために釣りあげている」ことを知らしめられているような、人間の残酷さについて問われる映画でした。

とても評価がよかったと思いますが、私はあまり良くは思わなかったのです。その映画の番宣を父がなにげにみていまして。

口数の少ない父が「わしらは残酷なことをしてきたのかね」とただそれだけつぶやき席をたったのを覚えています。

少し胸が痛みました。

いろんな立場の人がいて全ての人たちに受け入れられることなどないでしょうから、映画そのものの否定はしませんし

生き物や自然への敬意を忘れないためによい映画だったのかもしれませんが。

自分の中ではあのときの父と、あの映画のテーマと、そして自分の気持ちのつじつまがあわないままでした。

何が正しく何が間違いなのか。両親があの店を始めたのは「老後の楽しみ」だとか「ボケないように」と言ってはいますが、

果たしてそれだけなのか今も疑問です。

ある時お客さんに「こうやって食べると楽しいでしょ。昔は楽しんで食べるなどできんかったんですよ」言ったのをたまたま聞きまして。母が「お父さんまた言ってる」と、私のそばでつぶやいて笑っていました。

そして、先生のブログを読み、やっと私の中でつじつまがあいました!感謝です!

父の言葉と先生の記事が、同じように思えたのです(父と一緒にするなんてスミマセン!)

でも、そういうことですね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのブログ記事だけで一つのヒーリングです!

 

「まるくおさめ術」何度も何度も読みました

 

まるでセラピーを受けるかのように、読みました(笑)

 

人と関わるなかで、イライラや穏やかでない気持ちが湧くことがわりとあって

気になっていました。時々、小さな爆発もあります。

まるくおさめてきた自覚はありますし、自分はそのまるに入っていなかったこともよくわかります。

私の場合ずっとそうやって、人をまるくおさめることばかり考えて

犠牲みたいなことをしてきたし、そういう生き方のほうが長くて、当たり前にやってきたと思います。


先生とその後「こころのたより」でお話をして、更にブログを読みなおして気が付いたことがあります。

人の気持ちを察してまるくおさめることが当たり前で他のやり方がわからない。

ということは、他者もそんなふうに接してくれるて当たり前になっていたと思います。

だから私、気遣った対応をしてくれない他者に、不足と不満に思うのだと思いました。


もっとこうするべき、こうであるべきみたいなことを人に求め、自分の常識を人に押し付け人のやり方を変えようとしていて、それができなくてイライラしていただけではないか?


と思えるまで、少し時間がかかりました(笑)そんなこと認めたくないですwww

 

それに気が付いたのは、自分がまるに入らず人をまるくおさめるって随分勝手なことだと初めて思えたからです。

言い方がとても悪いですが「操作」ってことではないですか?まるくおさめられた側の気持ちって考えたこともなかったです。

もしかして私は、ずっとまるの外から人を操作をしてきた?と思って軽く衝撃でした。

だからまるに入れなかったのだと思いますし、もしや入りたくなかった?

だって操作しているほうが楽??

 

あのブログ記事だけで一つのヒーリングです!

自分の中の操作とこうあるべきを自由にしてあげたいと思います

独立をする前に、とても大切なことに気が付いたように思います

自分に強いていたことを人にも求めていた私が独立をすると

自分もガチガチになっていたのだと思います

「自由業はあまり知られていないし理解されていないけれど

自分の自由でいいのだ」ここのところに落ち着けるといいなと思います

 

 

 

 

 

 

 


 

 

自分が復活した証拠のように感じます

人の顔色を伺うを読みました

心がザワザワしていました

しばらくたって自分を振り返って、気がついたことがあります

相手の顔色を伺うは、相手のためになることをやっているわけではなかったです。
ましてや、相手に頼まれたわけでもない。
どちらかと言えば、相手の不機嫌さとか、相手の迷惑さを、感じ取り(勘違い?)

私は確かに、嫌だなみたいなことを思っていました。

私のやっていたことは、自分にとって嫌な事だったと思ったことがなく

相手が私にとって、気持ちよくない相手のように見ていました

七瀬さんのブログを読んで、かなり失礼なことだったと心から気が付きました

かつて七瀬さんに「それはあなたに、○さんが求めていたことなの?」と聞かれて、ザワザワしたときも、同じような感覚でした。

私は何のために顔色を伺ってきたのだろう。何のためにもなってないという答えが今、ちらつきながら、まだまだ認めたくない(笑)

もう一つは、私には相手に確かめもせず、話もせず、自分の価値観や感覚だけで相手のことを決めて、不愉快になったり相手を批判する癖があると気づきました。

先生に話したことがありますが、○○セミナーの申し込みをしたとき、延長は原則20分までとされていて、別の日のセミナーを受けられない私は、その延長では足りず。
主催者に、別の日が無理なことを伝え、でも現在習得したい課題がたくさんあるので

延長20分も足りず。その場合はどうすれば?と問い合わせたところ、お客様がお決めください的な返事があり、随分不親切だと思っただけでなく、別の日が無理な人など私だけじゃないはずなのに、このシステムはおかしいとさえ思い不満でした。

別の日のセミナーを受けられない人のことまで考えるべき。
みたいなことを思っていたのでしょうね。

今まで、相手の顔色を見てあれこれ気を回す癖から、そんな気配り?は自分にとってやって当然のことだったのかな?と思うし
相手の顔色をみて動くばかりで、自分の管理や自分の動きに全く責任が持てていませんよね。

本来きっと多くの人が、主催者が提供した都合を基本にして、自分の条件を調整していることもわからなかった私。
どうするかは自分が決めることでした。今となればすごく恥ずかしいです。

「それは○さんが求めていたことなの?」のときと同じです。
あの時は自分がやることと、相手がやることの区分け?、境界線?を学びましたが
人の顔色を先走って察してばかりだと、自分と相手の区別みたいなものができなくなるのでしょうか?
よかれと思って?相手の顔色をみて動いても、いつのまにか自分のことがやれないようになるというか、自分のことをどこからどこまでやればいいかわからなくなってしまっていたなんてことはあるのでしょうか?

 

相手が求めているかどうかは別にして

相手に従い続けるということは、自分の管理や責任の放棄でもあるのでしょうか?

放棄と言うか相手が決めてあたりまえになってしまうのかと、少し思っています

 

七瀬さんが前に書かれていた、車の運転手が自分ではないこと。

それは、相手の顔色を伺うも、同じかなって。

しかも相手は私の車を運転すらしていないのにも関わらず。

勝手に相手の車に乗り込み、助手席に座っているのと同じかなと思いました

 

あれ?もしかして、勝手に相手の車の運転席に、座っていた?

益々、ザワザワし始めました(笑)

 

でもこんな自分のことに、気がつくのは自分が復活した証拠のように感じ

ザワザワもちょっと快感です(笑)

セルフヒーリングのきっかけを、ありがとうございます

 

 

「母子家庭あるある」

 

「格差と豊かさと」を読みました。

先生が書かれていることとは、次元が違う話で恥ずかしいのですが

読んでいて、ふつふつとこみあげる思いがあったのでメールしました

それは「母子家庭あるある」です

 

「母子家庭の手当ては一ヶ月に20万円だ」というまことしやかな噂について。

私の叔母が(現在55歳)が若い頃も同じ噂があって、30万という人もいたらしいのですが

そんなに昔から言われていたのだと思うと、呆れてしまいました

 

噂をする人たちは「噂」ではなくて「確信」をされています

違うと否定をしても「うちの市は他とは違うらしい」と言われたり

「国の制度だから都道府県で違うことはない」と言っても

「あなたの認識が違う」とか「手続きの仕方が違うのでは?」と言われます

 

もらっている本人が違うと言っても

母子家庭でもない人が全く聞き入れないのはどうしてなのか、ずっと不思議でした。

「母子家庭あるあるではなくて、田舎あるある」だと、弁護士の友人が言ってました。

友人は仕事上、母子家庭の制度には詳しいのですが、よくある話だと友人まで言っていました

冷静に考えたらそんなことはないとわかるはずなのに

ただでお金がもらえる話は冷静さを失うのか?と話をしていました。

ありもしないことを信じている人がいることは、私たち親子の幸せに関係ないこと。

そう思っていましたが、やっぱり私、納得がいかなかったのだと思うと小さな人間ですね

 

世の中他にもこの類の話があるのかと思うと、情けないと思いますし

もしかしたら自分もあるのかもと思ったので

記事を読みながら、今後気を付けようと心から思いました!