私は助けられていいんだ

 

確かあれは、かつて私が何度も繰り返している、あるネガティブな状況について
インナーチャイルドセラピーをやった翌日のことです

その状況とは、当時の仕事やお金のことも関係していたと思います

 

テレビを見てはぼんやり過ごしていたときのこと
なんとなく浮かんできた、中3の頃の私
元々、私が小4の時くも膜下出血で倒れ、左半身麻痺の障害があった父でした
そして中3の時、脳出血で亡くなったのですが

その脳出血になったとき、家にはたまたま私と父の二人だけだったのです
私はテレビを見ていて、父の高いびきが聞こえてきて

頭が痛いから病院に行くと言ってたのに、寝てしまったのかな?と思って

振り向くと・・
もはや尋常ではない様子がすぐにわかりました

 

自宅の前が病院だったので、すぐに走って医者を呼び・・
母の職場に電話をし、すぐにかけつけられる叔父に電話をし・・・

という手はずをやっていたところを、なぜか思い出したのです

 

その時の記憶が蘇り、意外にもうわ〜って涙が出てきました

・・・こんなに一人で頑張ってる
でも・・・ほんとは不安だった・・・不安で不安でたまらなかった

私は、インナーチャイルドセラピーに切り替えて
そのまま進めていくことにしました

 

詳細は端折りますが・・・

とにかく、そのときの私は、不安や泣き出したい気持ちを抑えて気丈にしていました

その時のことはよく覚えていましたが
私はこれまでずっと、その時の私が本当はどんなに不安かはわからなかったのです
わかっていたとしても、頭でわかっていただけで
どちらかというと「あの時はしっかりしていてよくやったな」くらいに思っていたと思います

大人の私はやっと、やっと、その不安に気づき
そして、やっと思えたのです
あの時、泣いたらよかったと・・・
不安をもっと表に出したらよかったんだ・・・

私・・・あの時、一回も泣かなかった。。。

 

そして当時の私は、バタバタしながら
ふと思いついて、仏壇に手を合わせ「お父さんを助けて」と祈っていました
これもよく覚えています

この時の私は、一人で心細くて、不安で、どうしていいかわからず
思わず手を合わせていた様子でした

「お父さんを助けて」というのは、もちろん素直な子どもの気持ちですが

この時も、大人の私は泣いてしまいました

 

本当は自分が助けてほしかった。自分も助けてほしかった。と気づいてあげられたからです

やっとチャイルドと話ができました
助けてほしかったね・・不安だったね・・と

 

この、一連のチャイルドが思い出されたのは
別のことでインナーチャイルドセラピーをやった翌日ですが

すごく簡単に書くと、前日のセラピーで触発されて
更に、自分に必要なチャイルドが出てきたのだと思われました

この・・・父が倒れたときの不安こそが
大人になってからの、ある特定の出来事に対する不安と一致していました
その出来事を繰り返し起こして、私を不安にさせ
当時の自分の本当の気持ちに気づいてほしかったのです

 

父が亡くなった翌年くらいだったかな〜親友のお父さんが亡くなられ
お葬式にいったのです
そしたら親友は、大声でお父さん!と何度も泣き叫んでいたのです

私にはその声とその姿が、ある意味ショックでしたし、うすーーく「うらやましい」と
思ったように思います
そしてその時の私はハッキリと思っていました
「私のときは、あんなに泣けなかった・・どうして?」と
「あんなふうに泣けるなんて・・・私にはできなかったな・・」って思ったのです

今思えば。この時すでに、私のチャイルドが私にサインを送っていたのだと思います

「ねえ、私もあの時、あんなに泣きたくて、不安で、悲しかったんだよ」・・って

 

こんなに大人になって、ようやく本当の不安に気づけたけれど

そしてその時の私をヒーリングできたけれど・・

 

友達のお父さんが亡くなられたときのことを思うと

きっとその後もずっと、手を変え品を変え

私にサインを送っていただろうな〜

 

これまで一人にさせてごめんね

気づくの今になってごめんね・・会えてよかった・・・

そう思いました

 

一人で不安な中頑張れたことは決して無駄ではないし

マイナスな影響ばかりなんてこともない

中学3年生なら、できないわけもない

もし泣いて、ちゃんとしたことできなかったら、自分を責めていただろう

 

だからちゃんとできたことは良かった

せめて、叔父がきたとき、あるいは

誰か大人に出会えたときに

不安だったと崩れてて良かったんだと思う

 

あの時、もっと頼りなくて、もっと不安を表に出して泣いていたら・・

周りの大人はもっと、私をサポートしてくれたかもしれない

頼りなくていいんだ

私は助けられていいんだ。そう、私は・・・与えられていいんだ

 

心からそう思えたときから、自分の人生がまた一つ、変化を伴ってきました♪

 

なにより、自分が助けられることを受け入れてこそ

自分がいろ〜んな人やいろ〜んなことに

助けられていることを、心から感じられるのだと思いました

これまでまさか、自分一人で生きてきただなんて、思っていないとしてもね

 

 

 

 

 

 

 

 

顔のかぶれの原因

 

日焼け止めが必要な季節。

きっかけは忘れましたが、いつも使っている日焼け止めクリーム(顔用)と下地乳液を変えました。

その後すぐ、肌がかぶれたようになったので、あわなかったのだと思い、使用することをやめました。

すぐ、アロマクリームを塗ったり、極力メイクをしないようになど、かぶれがよくなるように

できることはやってみながら、過ごしました。

 

でも、一旦良くなったようでも、また徐々に悪化しているように思いました

ふと、もしかして、日焼け止めや下地のせいではないのかな?と、思いました

だったらなに?

いろいろと考えても全くわかりません。

肌はいっこうに良くならず、光の言葉セラピーをしてみることにしました

 

セラピーで私が受け取ったことは「花粉が原因だ」ということでした

セラピーで浮上した花の色、大きさなどから、どこで見た花か思い出しました。

そしたら、ちょうど、かぶれた頃の時期と一致したのです

 

早速調べてみると、花粉皮膚炎たるものがあり、症状の画像を見るとそっくりでした

 

この光の言葉セラピーでは対処法が明らかになることもありまして・・

幸い、洗顔石鹸や洗顔クリームの泡で洗い、その後「洗い流す」ことを何度も繰り返すといいらしい

(これはあくまで、この時の私の場合です)

半信半疑でやってみると、その日のうちに、肌が変わってきまして

そして、2日もすれば、ほぼ治ってしまいました

何か特別なことはせず、洗い流すを何度も繰り返しただけです

 

「花粉が原因」って、診断ではありません。あくまでセラピーで私が受け取ったことです

病院では、もしかしたら全く関係ない診断かもしれません。

それから、セラピーは「治す」ものではありません

 

いろんなことをやってみて、それでもわからなかったとき

「見えないところでは、どうなっているのかを知る」ものなのです

 

なので、症状のことでセラピーを受けられて、薬を使うことが対処法として浮上することもありますし

病院に行こうとか、転院をしようなどの答えを受けとることもあります。

人それぞれですし、出来事によります

 

医学的根拠、物理的根拠って、あります。

それを否定するものではないので、医学的、物理的根拠の他にもう一つ

「見えないところ的」も、仲間に入れてみると、より自分がわかるかと思います♪

 

 

戦友と会えば

 

私が大好きなはずの先輩に対して、じりじりと怒りのようなものがありました。ほんの時々なのですが、段々その怒りの頻度が多くなってきました。というより、これは怒りの感情だと、はっきりしてきたのです。しかも決して表に出さない、心の中だけの怒りです。

何かをされたわけでもない、あまり出会うこともなければ、頻繁に連絡を取り合っているわけでもないのにも関わらず、怒りの頻度が増すとは、絶対おかしいと思い始めました。

ネガティブな感情は、消すべくものではない。自分に大切なメッセージを送ってる。

そもそも、時々とか、ちょっととかいうのは氷山の一角であって、蓋をあければ、じゃじゃ〜んてでっかい

なんてことも、少なくはないので、私はこれ以上、自分の感情を無視をしたくないと思い、その見え隠れしていた怒りについて、前世セラピーをしました。

 

時は第二次世界大戦、場所は沖縄。私は、アメリカ兵でした。戦友に対して、すごく怒りを持っていました。戦友の普段の行動や言動が、いちいち腹立たしくてたまらなかったのです。現世と一緒だと思いました。彼が私に、ひがみでもあるかのように勘違いしていましたが、私の怒りの根っこのところにあったのは、戦地に向かう前に、彼が私の恋人を横取りしたのです(^^;)(結局、自分がふられたってことなんだけどね)そのことをずっと根に持っていて、許せないと思っていました。彼のリーダーだった私は、戦地での彼の行動に対して、八つ当たりばかりしていました。もちろん、八つ当たりとは全く思っていなくて、戦地での作戦についても、自分が正しく彼が間違っていると思い込んでいて、激しい怒りは消えませんでした。

そのうち彼と激しいなぐりあいの喧嘩になり、そこを日本兵にみつかり、私は撃ち殺されました。

ところがその寸前、戦友は日本兵に媚びたのです。おそらくあの当時でいう「捕虜」ということでしょう。

それがまた腹立たしく、最後まで戦友を許せないまま、亡くなりました。

 

cocoroneでセラピーを受けられた方の中では、察している方もいらっしゃるでしょうが、この前世の私の魂、あがっていなかったのです。こんな悔しさを持っているのですからね。やっぱり、ちょっとしたことの蓋をあけてみれば、じゃじゃ〜んでした。話しをして、ちゃんと光にあがっていきました♪

 

戦争とは直接関係ないかのような、彼への個人的な恨み。でも、戦争という状態も、より私の気持ちを悪化させ、おさまるところがなくなっていた様子でした。ストレスや日々の緊張。恐怖や不安。そんな中、心が健全で在るはずもありません。

私は、夏の時期にこの前世体験をして、偶然にも、終戦記念日の直前、自分の中でずっと続いていた小さな戦争を終わりにすることができたのです。

どんな終わり方だったかというと・・しばらくして私は思ったのです。先輩は、当時の戦友。私は戦友と現世で再会していたことになる。これが本当に当時の私と彼で再会していたら、少なくとも私は、お互いの命があったことに喜べるだろう。彼と抱き合って再会を喜べるはず。そう思ったとき、私は一体何をしていたのだろうって、情けなくなったのです。

彼は彼で、どんな思いであの後を過ごしたのだろう。恐かっただろうか、辛かっただろうか、どんな目にあったのだろう。生きて帰れたのだろうか。私はリーダーのくせに、当時の彼の気持ちをサポートすることもなく、ただただ自分の恨みだけで接していた。彼の身体、彼の不安を、私は気遣っていただろうか。同じ人として、あの戦地にいて、もっと話しができること、もっとわかりあえること、もっと協力しあえることがあったのではないか。不安な夜には歌を歌い、家族を思い、励まし合うことだってできただろう。そう思うと、私は、涙が流れてとまらなくなりました。彼は何にも悪くなかった。悪かったのは私だった。リーダーとして全く機能していなければ、あの状況で、人としてもなんにもできていなかった。そして今も、彼女には何の罪もあるはずがない。どこかで私はずっと被害者のままだったのだ。謝らなければならないのは、私だったのだ。ようやく、本来の私が蘇ってきたのです。前世のエネルギーが、私から離れたことが実感でき、健全な心で、今を見ることができてきました。

 

私は今、彼女にできることがあるのではないか。あの恨みの続きを、現世でやりたかったわけじゃない。

どうせ続きをするなら、私達、もっとお互い、大変だったことや辛かったことを、話しができるはず。

自分のことのように幸せを願えて、喜べて、相手の気持ちが思いやれるはず。

当時の私は、彼のことを許せないとまで思っていたけれど、彼の前ではあんな態度ばかりで、許してもらえないのは私かもしれない。それから先輩とは少しずつ、お互いのいろんな話しをできるようになったのです。

もし前世ヒーリングをしていなければ、もしかしたら、いつか喧嘩をして、その喧嘩がきっかけで前世の続きが終わりになっていたかもしれません。あくまでも可能性の一つですが。

 

「戦友」とは「戦う友」と書きます。

もう戦いたくはない。もう戦いは終わり。だから、現世でかつての戦友と出会って、やっともう戦友ではなく、仲間と思えるようになりました。

 

「みんなの幸せのために、自分も幸せになり、今度は幸せと平和のためのリーダーとして生きろ」

前世からのメッセージでした☆この「怒り」が導いた、本当の目的だったのです♪

 

快適に続けようと思って

 

 

 

 

もう随分前。ずっと続けていたことがあって。

 

いつのころからか、身体が重かったり、気が重かったりと、やる気がなかなか起こらず

 

セラピーを受けたら楽になって、やる気が起こるかもしれないと期待満々で

 

光の言葉セラピーを受けました

 

 

 

そのすぐ後、私は続けていたことを、自分の意思で辞めたのです。やっていることを応援してくれた人に

 

辞めたいと告げることは、とても勇気がいったけど

 

その人はなにも言わず、辞めるための協力をしてくれました。

 

光の言葉セラピーでも、重いものを運ぶ協力をしてくれた人でした。その重いものは、川に捨てました

 

そのあと、その重いものは、キラキラと光に包まれました

 

 

 

あぁ、セラピーの通りになったと、気が付きました。というより、私は最初から、こうするつもりだったことは、セラピー中に気が付いていました。辞めたくなくて受けたつもり。快適に続けていけるように受けたセラピーでした。

 

重かったのは、これ以上続けることのみならず、辞めることが重かったんだ。辞めたいと言い出すことも、すごく重かったんだ。本当の心は、やめたいと思ってたことも、セラピーを受けてから気が付きました。

 

 

 

そして何年もたってから、もう一つ、思ったことがありました。

 

 

 

仮にあのとき、辞めることになるよと、誰かに聞かされたとしたら、受けなかったかもしれない。

 

いや、受けなかった。

 

無意識の本心は、辞めたくても、辞めると言い出すことが重いんだから、そんな重いことを、しなくちゃならないわけだから、受けるはずない。

 

それよりも、楽になって、快適に続けるほうがいいんだから。

 

 

 

でも受けてる

 

 

 

セラピーを受ける理由として「楽になって続けたい」という、トラップを用意したかのようだと、笑

 

そう、トラップを用意することで私は私を、セラピーに運んだ。でないと受けないからね

 

 

 

子供におやつをあげるといって呼び出して、宿題をさせるみたいに、笑

 

 

 

その宿題は、なにより私を楽にさせた。あのまま続けていくことよりも何倍も楽で、歩きやすくなった。

 

こんなに辞めたかったんだと 辞めてから実感したし、協力があるとないとでも大きく違った。

 

私は全てを、計画的に進めたにすぎなかったんだ。セラピーを受けることも含めて。

 

 

 

辞めたいと口にするまでは、とても緊張したけど、もう抑えられなかった。

 

セラピーを受けるまで、こんなに抑えられなくなっているほど、辞めたいなんて思いもしなかったのに。

 

 

 

辞めたとき、私は安堵と、今までよく頑張ってきた思いと、協力してくれた人への感謝で 涙が出た

 

泣いているとき、かすかなイメージが見えた。目の前に扉が開いた。

 

あれ?なんか、次があるみたいだ。。とふと思った。

 

 

 

それからしばらくして

 

私は、cocoroneを、スタートさせた♪

 

 

 

随分後になって気が付いた。cocoroneHPの初期のトップページの画像。

 

扉が開いて、光が注がれている画像。泣いていたとき見えた扉は、あの画像のことだったんだ♪

 

そして、光の言葉セラピーで、重いものを川に流したあと見えた、あのキラキラした光も♪

 

 

 

全て、計画通り☆☆☆

 

胎児体験

 

 

もう随分前。当時関わることになったある企業でのこと。カウンセリングを兼ねているとはいえ、その企業のいろんなことを短期間で覚えなければならなくて、他の部署の新人さん達と一緒に、研修に参加させていただくことになりました。

ところが、びっくりするくらい、ミスが続いたり、覚えられなかったりと大変だったのです。私は通常あまりこういうことはないのですが、目立ってひどかったので、若くはないから?などど思いながら、それにしてもひどい状態に、日々ストレスでした。

いつもの私らしくもなく「なんで私だけ?って不安で恐い気持ち」がすごく強くなってきたのです。恐くて恐くてたまらなかった。あまりに強かったので、光の言葉セラピーをしてみました。

そこで、私は、思いの他、胎児体験をしたのです。

以前から、時々書いているのですが、私は赤ちゃんの頃、祖父の強い希望で、養女に出されようとしていました。上が姉だったので、女が二人も要らないと祖父は言っていたようです。ものごころついたとき、そんな記憶はありませんでしたが、その後のインナーチャイルドセラピーで、当時の様子を知りました。

さて。光の言葉セラピーでの胎児体験では、お腹の中で、すでに祖父が「まだもし女だったら養女に出す」と言っているのを聞いていました。私は「男で生まれたらすごく喜ばれるだろうな。でも女でも喜んでほしい」と思って、女で生まれてくることを自分で選択していました。でも日に日に、生まれることが恐くてたまらなくなりました。私の、会社での、あの恐さと不安と重なりました。生まれようとしている前の、胎児のエネルギーだったのです。

ところが、生まれてきた女の私を、祖父母はすごく喜んで、すごくかわいがってくれていたのです。

養女に出されそうになったことが親からも聞いていたし、セラピーでも体験していたので、こんなに喜んでくれていたというのは「私が記憶として忘れていた、もう一つの真実」でした。

私は「愛されて生まれてきた」ことを、このセラピーで体験したのです、いいえ、愛されたという実感を思い出したのです。それどころか、かなり大切に育てられていた様子でした。

その翌日のことでした。

ちょうど、会社に行く日でした。やはり、そんなにスムーズにはいきません。なぜかできないのです。

すると、ちょうど私が一人になったときのこと、私に指導をされていた上司が、声をかけてくださいました。失敗ばかりしていたので、その人のこと、苦手意識満々でした。

「かよこさん。僕はね、誰の覚えが早くて誰が遅いとか、誰ができて誰ができないとか、そんなことは頭にはないんですよ。それぞれの個性を、これから活かしてほしいと思ってやまないんです。ちゃんとその個性を見てますよ♪失敗もしてください、遅くてもいいんです。あなたとしてここで生きてくださいね」

こんなことってあるのでしょうか。私、涙をこらえるのに必死でした。この人のことずっと苦手で、緊張もして、不安はいっそう高まっていた。私に困っているだろうなとも思ってた。でも、こんな言葉をかけてくださった。この言葉はこの人の言葉であって、この人の言葉ではないかもしれないとさえ思いました。

多分、あの時の胎児は、先に生まれていた姉に対しても、いろんなことを思っていたのだと思います。比べられることも恐れていたのだと思います。生まれてくる前から、比べようとしていたのは私だったかもしれません。

しかし、だったら、男で生まれてくればよかったのに・・・とあのセラピーのとき思いました。すると、答えはすぐに出ました。「前世のことが影響している」って。そのとき浮かんだ前世の存在は、女ということだけで、複数の人にレイプをされ、焼かれて死んだという、人間としてさえも扱われなかった時代の前世体験でした。その前世での私が、もう一度女として愛されたかったから、女を選んだのだと気が付きました。

ずっと忘れていたけれど、やっと私は、女として愛されていたことを思い出すことができたのです。言い換えれば、女として子どもとして、愛されているという道を、やっと自分で選択できた瞬間だったように思うのです。これまでは、愛されていなかったという選択をして、歩いてきたのかもしれません。

光の言葉セラピーのテーマは、たった一つ。でも、多岐にわたるんです。一つのエネルギーは、いろんなことに繋がっていますから。

愛されていたことを思い出した私のその後は、目に見えて、今までとは違う景色を、見ることとなりました♪多分、生まれてきてよかったんだって、やっと思えたのかもしれません。つまり無意識下では、もしかしたら、生まれてきてはいけなかったのかなって思っていたかもしれないなって思いました。

視座が変わるということを体験した、とても大きなセラピーでした。ちなみにその会社ではその後、うってかわっての活躍ぶり。これがサラリーマンなら、出世街道まっしぐらです、笑

それよりもなによりも、私に声をかけてくださった上司のみならず、他の人の私を見る目に関しても、私は「思い違い」「思い込み」をしていたのだと気がつき始めました。他の人の私を見る目というよりも、私が感じている他の人の思いが、ざっくり変わったのだのかもしれません。私の心の有り様が変わったのです。

他の人達のこと、さほどネガティブには思ってはいなかったのですが、だからと言って、愛を持って接してくださっているとまでは、全く思いもしませんでした。ところが、私が思っている以上に、私に対して、思いやりや大きな愛で接してくれていて、嬉しすぎて涙ぐんでしまうようなことが連日起こっていました。思いやりを、ちゃんと形にして表現してくださったのです。それも心からのものでした。むしろ、そんな思いやりもなく接していたのは、私だったかもしれないことに、気がつき始めたのです。

どんどん、今まで見えなかった自分が、よいこともそうでないことも見えてきました。

生まれる前の恐れが晴れて、もう一つの真実を実感できたとき、私はある意味、生まれ変わったのかもしれません。

 

初めての前世体験

 

 

忘れもしません

ある人間関係で、長い間、すごく苦しいことがあったのですが、なぜ苦しいのかは一応、わかっていました。いろいろと言えないこともあって我慢していたから・・・と思っていました。それにしても、この苦しさは尋常ではないのでは?と徐々に気がつき始めました。確かに、いろいろとあった。でも、生活に支障が出ているほどだと気が付いたときは、助けて〜とまで思っていました。ぐったりと背中をまるめて横になって、起きるのもしんどいと思ったとき、このまま死んでしまうような気さえしました。なんだかわからないけどとにかく助けてほしいという思いで、セラピーを受けたいと思いました。

 

最初にこんなことでセラピーを受けたいと話しをしているとき「この苦しみって、もしかしてずっと前からあった・・・?」と私は口にしていました。紀世子さんが「よく気が付いたね!」と言われました

 

私はお寺の住職で、病気の妻を看病していました。私達の子どもは、幼い頃亡くなっていたようでした。

とうとう、愛する妻も息を引き取りました。この時の妻が、人間関係でいろいろとあった人でした。

そのとき、私は、妻も子どもも助けられなかった思いで、絶望しました。この苦しみは、私の苦しみと確実にリンクしていました。そして、あろうことか、切腹自殺をしたのです。

そのときの前世の私は、背中をまるめて横たわっていました。まさに、死んでしまうような気がしたあのときの私の体勢と全く同じでした。

苦しい前世療法でした。でも、胸の苦しみが、まるで空が晴れ渡るように、クリアになりました♪

命が助かったように感じたほどです。

それだけでも私は十分だったのですが、その後、言えなかったことをすんなりと相手に言えていたり、聞きたかったことが聞けたり、徐々に、今世の私が戻ってきたことを実感しました。

 

私は体験の最後に「再生!」という言葉を発していました。

このときまで、私は死んだように生きていたのだと思えました。そして言葉通り、この前世体験から、徐々に徐々に、いろんなことがありながら、本当に再生の道を、歩み始めました♪

 

そしてこの時のセラピーで「医者でも助けられないことをやる」というメッセージがあったのでした♪

このメッセージに気が付くまでは、また、このメッセージにOKと思えるまでは、ちょっと時間がかかりましたが♪

 

 

 

 

 

 

 

生贄と誓い

『生け贄と誓い』

もう随分前のこと。知人が、私が外泊をするたびに、なぜか態度が急変することに気がつき始めました。

外泊をしたとたんに、急に音信不通になることはしょっちゅうでした。なにか私が悪いことを言ったのか?ああでもないこうでもないと詮索して、その度に、ちょっとしたストレスになっていました。

外泊は私の個人的な用事で、その人には全く関係のないこと。私が外泊をすることで、その人に、何かをお願いをすることもなければ、そもそも会う事もありません。

そもそも、その人が住んでいるところと、私が外泊をする場所も、全く関係はありません。

「避けられている気がする」と思ったものの、あまりにも理由がわからないため、私の思い違いかもしれないと思うようにしていました。決定的になったのは、その日、用事があってその人に伝えなくてはならないことがあり、お互いの都合をあわせ、電話で話しをする時間を決めていました。その夕方、研修のため外泊をすることになっていたので、その旨を伝え、研修が終わる時間を伝えていました。

すると、約束をしていた時間になって、その人が私との約束を忘れたのか、また音信不通になったのです。

これはもう思い違いじゃないと思いました。しかもその時私、予想外に泣いてしまったのです。何故かわからないのですが、とても心が痛みました。

「自分がこんなことで泣いていること」と、その心の痛みで、これは尋常ではないことが起きていると思い、前世セラピーを受けてみることにしました。

まだ、狩りをして生活をしているような頃。エジプトぽかったですね。

私は、神に捧げるために、子どもをさらう役目を担っていました。いわゆる生け贄です。多分、その時代のその地域では、子どもを神棚のようなところに一定期間捧げてから、殺していたように思います。そのために、私はさらった子どもを部落の長に連れていく務めだったのです。こんなことをしていた自分に、セラピーが途中で中断しそうになるくらい、ショックでした。

そして私は、その知人の子どもも、さらってしまいました。もちろんその人の家族は、この儀式のことは把握しているし、いつかこんな日が来ることは覚悟していたものの、私の存在を恐れていたのは言うまでもありません。

 

例の人に「避けられている気がする」というテーマで受けた前世で、私は「あの人が私を避けても無理はない」と納得しました。「私に動きがあると、妙に恐かった」のだと察しました。そしてその度に胸を痛める私。起きていた出来事の全てに納得をしました。前世とは別の人生を生きているにも関わらず、まさにこれが前世の影響というものなのです。

 

このセラピーが終わってすぐに、私はとても心が楽になりました。でも、それだけではありません。しばらくして私は、その人と話しをする機会があったとき、何を思ったのか、すごく自然にその人に「今まで私が出かけるたびに避けられているような事があったけど、一体どうしたのか?」と聞いていたのです。

 

その時私は、気が付きました。

ああ、これが、私にはずっと聞けなかったんだって。その人の返事の内容はもはや関係ないのです。その人がどんだけ悪いとか、そんなことすら私にとっては関係ないと思いました。

この一言が言えなかったために、私は自分に迷惑をかけ続けたと実感したのです。その一言が「言えた」だけで「癒えた」のです。たったこれだけなのですが、私にとってはとても大きな変化なのです。楽になるかどうか、スッキリしたかどうかは重要ではありませんでした。

前世のエネルギーが、私から離れ、私はようやく、自分を取り戻し、現世でのその人と私で生きられるようになりました。でなければ、私はきっと、同じ事を繰り返して、同じ設定を生んでいたことでしょう。

 

そしてこのセラピーで私は、ヒーリングってこういうことだなぁって、改めて実感をしました。

「私がそのことを相手に言えたこと」「そういうことを聞ける自分になったこと」

言い変えれば、そのことが言えない自分だったことに気が付いたこと。これが言えなかったことで、他の誰でもない、私が私を辛くさせていたと気が付いたこと。これがヒーリング。恐かったのはきっと私もだったのです。恐がられていることを確かめるようで、すごく恐かったのだと思います。だから何も言えないままだった。だから癒えないまま。

相手が何故こうなのかをつきとめるためではなく、自分がどうなのかをつきとめ、起こっている出来事の正体を知る。そして不要だと思えば前世のエネルギーは放し、前世を今に活かす。これが前世セラピーです。

 

「自分が一番大切なことをなにもしなくてもいいセッション」

逆に言うと、その人がそのまんまで、答えの全てを与え続けるセラピストではなくて、よかったと思います。この出来事一つとっても、もし私があのまんまだったら、と思っただけでゾッとするからです。

 

この前世セラピーで、前世の私は、結局、生け贄の「掟・おきて」を破ってしまい、殺されました。

最後まで、こんな時代は間違っている、こんなことは間違っていると思い、行動に移し、いわゆる革命を起こして、結果殺されたのです。歴史上有名な人物でした。

そして来世では「恐れている人達を救いたい」と、誓ったのです。

 

先生が言いました「この前世セラピーで、あなたは、ものすごく大事なことを受け取りにきた。でも今のあなたは、まだそれが受け取れない」と。何ですか!?と聞いても教えてくれなかった。

 

あれから何年たっただろう。私はあのときのものすごく大事なことって何だったのか、十分わかっています。このセラピーは、相手に聞けなかった自分が変わっただけでなく、私の魂が何を望み、何を求めていたのかを知り、それをこの現世で実現していくために何が必要なのかを、私に訴えていたセラピーだったのです。つまり、訴えられなければならないことを、私は知らずに続けていたのです。とても時間をかけたけれど「恐れていた人達を救うために」私は、徐々に、大切なことを、この現世で、選択しはじめました。何かをやるということは、なにかをやめることも含まれるし、その後の私の選択は、とても重要なものばかりでした。

「避けられているような気がする」というセラピーは、人間関係の修復のみならず、私がセラピーの仕事をするにあたり、とてもとても必要なセラピーでもあったのです。

 

こんなふうに、自分の生活の中の困った事や、人間関係や仕事の悩みは、その時の自分に必要なことや、自分の人生に必要なことを伝えているメッセージでもあるのです♪