『生け贄と誓い』

もう随分前のこと。知人が、私が外泊をするたびに、なぜか態度が急変することに気がつき始めました。

外泊をしたとたんに、急に音信不通になることはしょっちゅうでした。なにか私が悪いことを言ったのか?ああでもないこうでもないと詮索して、その度に、ちょっとしたストレスになっていました。

外泊は私の個人的な用事で、その人には全く関係のないこと。私が外泊をすることで、その人に、何かをお願いをすることもなければ、そもそも会う事もありません。

そもそも、その人が住んでいるところと、私が外泊をする場所も、全く関係はありません。

「避けられている気がする」と思ったものの、あまりにも理由がわからないため、私の思い違いかもしれないと思うようにしていました。決定的になったのは、その日、用事があってその人に伝えなくてはならないことがあり、お互いの都合をあわせ、電話で話しをする時間を決めていました。その夕方、研修のため外泊をすることになっていたので、その旨を伝え、研修が終わる時間を伝えていました。

すると、約束をしていた時間になって、その人が私との約束を忘れたのか、また音信不通になったのです。

これはもう思い違いじゃないと思いました。しかもその時私、予想外に泣いてしまったのです。何故かわからないのですが、とても心が痛みました。

「自分がこんなことで泣いていること」と、その心の痛みで、これは尋常ではないことが起きていると思い、前世セラピーを受けてみることにしました。

まだ、狩りをして生活をしているような頃。エジプトぽかったですね。

私は、神に捧げるために、子どもをさらう役目を担っていました。いわゆる生け贄です。多分、その時代のその地域では、子どもを神棚のようなところに一定期間捧げてから、殺していたように思います。そのために、私はさらった子どもを部落の長に連れていく務めだったのです。こんなことをしていた自分に、セラピーが途中で中断しそうになるくらい、ショックでした。

そして私は、その知人の子どもも、さらってしまいました。もちろんその人の家族は、この儀式のことは把握しているし、いつかこんな日が来ることは覚悟していたものの、私の存在を恐れていたのは言うまでもありません。

 

例の人に「避けられている気がする」というテーマで受けた前世で、私は「あの人が私を避けても無理はない」と納得しました。「私に動きがあると、妙に恐かった」のだと察しました。そしてその度に胸を痛める私。起きていた出来事の全てに納得をしました。前世とは別の人生を生きているにも関わらず、まさにこれが前世の影響というものなのです。

 

このセラピーが終わってすぐに、私はとても心が楽になりました。でも、それだけではありません。しばらくして私は、その人と話しをする機会があったとき、何を思ったのか、すごく自然にその人に「今まで私が出かけるたびに避けられているような事があったけど、一体どうしたのか?」と聞いていたのです。

 

その時私は、気が付きました。

ああ、これが、私にはずっと聞けなかったんだって。その人の返事の内容はもはや関係ないのです。その人がどんだけ悪いとか、そんなことすら私にとっては関係ないと思いました。

この一言が言えなかったために、私は自分に迷惑をかけ続けたと実感したのです。その一言が「言えた」だけで「癒えた」のです。たったこれだけなのですが、私にとってはとても大きな変化なのです。楽になるかどうか、スッキリしたかどうかは重要ではありませんでした。

前世のエネルギーが、私から離れ、私はようやく、自分を取り戻し、現世でのその人と私で生きられるようになりました。でなければ、私はきっと、同じ事を繰り返して、同じ設定を生んでいたことでしょう。

 

そしてこのセラピーで私は、ヒーリングってこういうことだなぁって、改めて実感をしました。

「私がそのことを相手に言えたこと」「そういうことを聞ける自分になったこと」

言い変えれば、そのことが言えない自分だったことに気が付いたこと。これが言えなかったことで、他の誰でもない、私が私を辛くさせていたと気が付いたこと。これがヒーリング。恐かったのはきっと私もだったのです。恐がられていることを確かめるようで、すごく恐かったのだと思います。だから何も言えないままだった。だから癒えないまま。

相手が何故こうなのかをつきとめるためではなく、自分がどうなのかをつきとめ、起こっている出来事の正体を知る。そして不要だと思えば前世のエネルギーは放し、前世を今に活かす。これが前世セラピーです。

 

「自分が一番大切なことをなにもしなくてもいいセッション」

逆に言うと、その人がそのまんまで、答えの全てを与え続けるセラピストではなくて、よかったと思います。この出来事一つとっても、もし私があのまんまだったら、と思っただけでゾッとするからです。

 

この前世セラピーで、前世の私は、結局、生け贄の「掟・おきて」を破ってしまい、殺されました。

最後まで、こんな時代は間違っている、こんなことは間違っていると思い、行動に移し、いわゆる革命を起こして、結果殺されたのです。歴史上有名な人物でした。

そして来世では「恐れている人達を救いたい」と、誓ったのです。

 

先生が言いました「この前世セラピーで、あなたは、ものすごく大事なことを受け取りにきた。でも今のあなたは、まだそれが受け取れない」と。何ですか!?と聞いても教えてくれなかった。

 

あれから何年たっただろう。私はあのときのものすごく大事なことって何だったのか、十分わかっています。このセラピーは、相手に聞けなかった自分が変わっただけでなく、私の魂が何を望み、何を求めていたのかを知り、それをこの現世で実現していくために何が必要なのかを、私に訴えていたセラピーだったのです。つまり、訴えられなければならないことを、私は知らずに続けていたのです。とても時間をかけたけれど「恐れていた人達を救うために」私は、徐々に、大切なことを、この現世で、選択しはじめました。何かをやるということは、なにかをやめることも含まれるし、その後の私の選択は、とても重要なものばかりでした。

「避けられているような気がする」というセラピーは、人間関係の修復のみならず、私がセラピーの仕事をするにあたり、とてもとても必要なセラピーでもあったのです。

 

こんなふうに、自分の生活の中の困った事や、人間関係や仕事の悩みは、その時の自分に必要なことや、自分の人生に必要なことを伝えているメッセージでもあるのです♪